G100/06 人型の怪物討伐
全身火傷だらけのオイを前にして、俺は盛大にため息をついた。
「いいか? 火傷ってのはな、
体表の20%を超えるとショック死するんだぞ?」
(……まあ、2度以上の場合だけどな)
オイは、大人しく椅子に座ったまま「ごめんなさい」と小さく謝った。
素直な謝罪の言葉が、俺の胸を小さく軋ませる。
はぁ。
もう一度小さくため息をついて、その小さな頭に手を伸ばす。
俺の手のひらにすっぽりとおさまってしまいそうなほどに小さな頭。
大爆発に巻き込まれたらしいオイの身体前面は、
どこもかしこも1度以上の熱傷を負っている。
仕方なく、その後頭部を傷に響かないようそっと撫でた。
下っ端オークから受けた軽傷も、治療は終えている。
いつものように、怪我をしていたのは
人に化けている、肌がむき出しになった部分だった。
「まったく……。毛皮に覆われてる部分なら怪我も軽いのに、
何でわざわざ腕やら足やら出してるんだお前は」
「だって……。つるつるのとこが見えてないと、
その……人間に見えないでしょ?」
なんだか言いにくそうにぼそぼそと返事をするオイ。
こいつは相変わらず、自分が人間に見えていると思っているらしい。
とはいえ、『お前はどこからどう見ても人間には見えん』と言ってしまえば
こいつはショックでうちを飛び出しかねないような予感もする。
ふと視線を落とした床に、オイのふかふかな足が見えた。
「……足はむき出しじゃないか」
俺の言葉にオイがあわあわと説明する。
「足は、ほら、こういうえーと……なんだっけ。く……く……くく?」
「何が言いたいんだ。靴か」
「うんそれ! に、見えない……?」
はぁ、なるほど。
こいつが足首にだけぐるぐると包帯を巻きつけて出かけるのは
人肌部分と毛皮部分の継ぎ目を隠すためか。
いや、全然見えないけどな。靴には。
喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んで、
床から顔を上げると、オイが一冊の本を差し出してきた。
「何だこれは」
「ええと、ぎょくありふれたまほーしょ。だって」
“ごく”ってそんなに言い難いか? ”ボク”と似たようなもんじゃないか。
そんなことを考えながら、
『ごくありふれた魔法書』とやらを受け取ってみる。
「で、これで俺に何をしろと」
まさか読んでくれとか言うんじゃないだろうな。
魔法書なんて、こいつが読んでどうするんだ。
半眼で紫の毛玉を見下ろすと、オイはその大きな瞳を輝かせて言った。
「サグにあげるっ♪♪」
「………………は?」
「あれ? サグ、本、好きでしょ?」
そう言ってオイが視線をやったのは、俺の医学書が詰まった本棚だった。
「いや、なんつーか、あれは好きで……」読んでるわけじゃないんだが。と
続けようとする俺を不安そうに見つめる紫色の瞳。
……まあいいか。
魔法書の1冊2冊本棚に増えたところで困るわけでもない。
「ああ、ああ。ありがとうよ」
俺が苦笑を返すと、オイが心底嬉しそうに微笑んだ。
「しかし、魔法書なんて珍しいもん、
他に欲しいって奴は居なかったのか?」
「えとねー。ごくありふれたぎょふをもらってた人がいたよ」
“ご”が言いにくいのか。時々”ぎょ”になるみたいだな……。
「って、『ごくありふれた護符』!? お前、そっちを貰って来いよ!!」
「え? そうなの?」
オイがくりっと首を傾げて……傷に響いたのだろう。
痛そうにほんの少し顔をしかめた。
「ボクには、サグが付けてくれた手袋があるからいいよ」
冒険者を始めて4ヶ月程経った頃、
オイが『とても質の悪い手袋』を持って帰ってきた。
どうやら、話によると
オイが手を隠して使おうとしないのを見ていたPTの誰かが
こいつに手袋をあてがってくれたらしい。
そうすれば、隠さずともすむと思ったのだろう。
『大人用だから、オイ君には大きすぎるかもしれないね』と
優しい誰かに渡された手袋をはめるには、
オイの手は大きすぎた。
それでも、何とかして手袋を装備できない物かと
尻尾を突っ込んでみたり、角に被せてみたりと悪戦苦闘するオイに、
俺が腰のベルト部分に括りつけてやったのが先月の事だった。
けど、手袋じゃ防御力の足しにはならないだろう。
「いいか?次に、装備できそうな防具が出てきたときには、
なるべく貰って来いよ?」
「んー……」
「……返事は?」
「…………」
どうやらこの紫の毛玉は、納得がいってないらしい。
俯いた姿勢で、その大きな耳を伏せている。
……ずっと下を向いていると、焼けた顔が痛むだろうに。
そう思うとまた胸が小さく軋んだ。
「でも、ボク……」
「……何だ」
思ったより不機嫌そうな声が出てしまった。
こいつには、どうも自分を大切にしようという姿勢が足りない気がする。
俺が、それをどれだけ心配してるのか、
どれだけそれにやきもきしているのかも、きっと分かっていないんだろう。
俺が……毎日、どんな思いでお前を待っているのかも……。
「ボクね、サグがつけてくれたこの手袋見たら、
痛いときでも元気になれるんだよ」
そう呟いて、オイがその顔を上げる。
「だからね、ボクにはこの手袋が一番のお守りなの……」
顔を上げたオイの瞳が、緩やかに潤む。
「――……っ」
途端にこちらの顔が熱くなる。
返す言葉がみつからないまま、オイの顔を見つめていると
「あれ? サグも顔赤いよ? 痛い……の?」
と、オイがその手をそうっと伸ばしてくる。
反射的にそれを振り払いそうになった自分の手を精一杯止める。
オイの手を、あの鋭い爪を下手に振り払ったら、俺が怪我をする。
そうなった時に傷付くのは、俺じゃなくてオイだ。
慌てて椅子から立ち上がって、
「火傷じゃない。大丈夫だ」
と背を向ける。
「そうなの? それならよかった……」
途切れた会話に、ほんの少し気まずい空気が漂う。
……マズイ。
一度背を向けてしまうと、
どのタイミングで振り返ればいいのかわからなくなったぞ。
「あのな……」
俺は、とにかくこのよどんだ空気を打破すべく強引に口を開いた。
「て、手袋は、お前がそう思ってるなら付けてればいい……」
なんだかまた顔が熱くなってくるのを気付かないフリでやり過ごす。
「あと、別にオイに触られたくなかったとかじゃないぞ」
これは、言っておかねば。
いつもふにゃふにゃ笑ってるワリに、
どうもこいつはそういうところを気にするみたいだからな。
「ホント?」
「ああ」
「じゃあ、サグにぎゅーってしてもいい?」
「……お前、火傷の事忘れてるだろ」
「あ、そっか……」
ちらと視線を落とす。
足元でしょんぼりしょげている紫の毛玉が急に可愛らしく思えて、
傷に障らないよう、その小さな背中を羽根ごと包んでやる。
(まあ、これなら顔も見られないしな……)