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4期冒険報告

G100/08 人型の怪物 


どうにもオイに死亡フラグが立っている気がするので
今日の結果が出るまでにと慌ててあれこれ上げてます(汗)

今回はいつも通りサグ視点で。
そしたらオイの過去回想が入れられなくなったので
過去部分は断片として別記事で上げちゃいますね。

以下SS↓↓**************************

カチャリと静かな音を立てて扉が開く。

そのあまりの静けさに嫌な予感を感じつつ振り返ると
そこにはポタポタと鮮血を滴らせるオイが、
立つことでさえも辛そうに、ドアノブに寄りかかっていた。

「ただ……いま……」

「無理して喋るな」

血の気の失せた顔を必死で上げようとするオイを制して
ヒューヒューと音を立てて荒い呼吸を繰り返すその小さな体を
慎重に抱き上げる。

肩から腹まで大きく裂かれた傷から、赤い雫が今も染み出している。

裂傷は3箇所。残り1箇所は鈍器で殴られたような痕だった。

こいつの毛の色とはまた違う、沈んだ紫に変色したその肩を触診すると
オイが言葉にならない声を上げて身を強張らせた。

……これは砕けてるな。

まずは裂傷の止血を手早く済ませる。
縦に大きく切り裂かれた傷は、範囲こそ広いものの、
内臓に損傷はなかった。

その事にホッとしつつ、不自然な角度に曲がりかけている肩に
もう一度目を向ける。

解放骨折でないだけマシか……。

微かにため息をつくと、その肩に手を添えた。

「ちょっと痛いぞ。我慢しろよ」

視点の定まらないような虚ろな瞳で俺を見上げたオイが、
次の瞬間、目を見開いて啼いた。

肩を正しい位置に戻すと、完全に固定する。

俺の手には、熱く腫れ上がったオイの体温と、
その中で動く骨の感触が、やけに鮮明に残った。


「……っお前、こんな大怪我のときは、
 無理せず他の冒険者に肩でも借りて帰って来いよ……」

「うん……けど皆もボロボロだったから……」

こいつが遠慮するほどの怪我を全員が負ってたって言うのか……。

「ひとり、死んだよ」

オイが、静かにぽつりと漏らす。

ベッドで横たわるその顔は、ただ真っ直ぐ天井を見つめているようで、
そこから感情を読み取る事は出来なかった。

「……今回は『あやふやな情報』だったんだよな?」

「うん、けど『信頼できる情報』のときも女の子が1人死んでたよ」

なんだそれは。初めて聞く内容だぞ。

「いつの話だ」

「えっと……2回目の冒険のとき。 若い女の子だった」

「…………そうか……」

なんとかそれだけ言葉を返して口を閉じる。

……怪我だけで済んだオイはまだ運がいい方……だったのか……。

こいつが冒険に出る度に、ハラハラしながら帰りを待つ。

それが日常になっていた。


しかしこの当たり前になってきた日々は、
いつ終わったっておかしくない、そんな儚い物なのだと
今、ハッキリ思い知らされた気がした。


「……次の依頼はどうなんだ。もう依頼書は貰ってきたんだろ?」

つい不安が先走る。

あまり目安にならないと分かっていても、
『信頼できる情報』なら、きっと少しはこの不安も治まるかもしれない。

祈るような気持ちで尋ねると、
オイが天井をぼんやりと見つめたまま答えた。

「来月は、『うさんくさい情報』で怪物討伐だよ」

「うさ……んくさい情報……だと!?」

「うん」

「お前、今までそんなの貰ってきた事なかっただろ!!」

「うん。はじめて貰ったよ」

そんなもん受け取るんじゃねーよ!!!!!!!!

喉元まで出かかった叫びを飲み込む。
怪我人を怒鳴りつけても仕方ないだろ。

今さらだ。

一度受け取った依頼は変更できない。
冒険者達には選択の余地なんか無い。

…………なんでそんなシステムなんだよ……。


噛み締めた唇から、部屋に漂っているのと同じ、鉄の匂いがする。


オイを見つめる。
疲れの色が濃く映っている、虚ろな瞳。

紫色の髪から覗く、ふかふかの耳が
浅い呼吸に合わせて小さく上下している。


「――……絶対、帰って来いよ」


そんな約束、させたところで何の役にも立たないことは分かっていた。

分かっていたけれど、それでも抗えずに、俺の口から言葉は零れた。


「うーん……」

オイが困ったように言葉を探している。

「なるべく戻るよ」


そう答えた途端、オイの様子が変わった。


「………………あ……」

「どうした? どこか痛むか?」

鎮痛剤は、もう効き始めているはずだった。

「ううん……」

驚きに目を見開くような表情をしたオイが
じんわりと嬉しそうに目を細める。

今日、はじめて見るオイの微笑み。
それは、俺ではなくどこか遠くへ向けられた物だった。

「……ボク、クロの気持ち、わかった」

「は?」

「ボク、ね、ずっと……こわかったの。
 待ってる間、ずっと……」

ぽつり、ぽつり、と遠い目をしたままオイが話しだす。

「もしかして、クロは、ボクが人間じゃないから、
 小屋に戻ってこないのかな……って」

ああ……成る程な。
こいつが、人間でない事を必死に隠そうとする理由はここか。

「だから『3年経っても帰って来なかったら、
 もう待たなくていい』なんて言ったのかなって……」

「そんなことっ」無いだろ。と
続けようとする俺の言葉をオイが優しく遮る。

「けど、違ったんだ」

オイが、こちらを見ようとする。
慌てて立ち上がり、ベッドの上に顔を出す。

オイの大きな瞳が僅かに潤んでいる。

「ボクね……ボクが戻らなかった時に、
 サグがボクの事ずっと待ってたら……悲しいよ」

本当に、心の底から悲しそうな顔で見上げられて、激しく動揺する。

「な、何を言い出すんだ。俺は、帰って来いって言って……」

「うん。出来るだけ、帰ってくるね」

にっこりと俺の目を見て微笑んだオイの笑顔が、
今にも壊れそうなほど儚く見えて、
俺は、なすすべもなく、その場に立ち尽くした……。