「ねーねー久居、灰かぶりって知ってる?」 パジャマに着替えたリルが、その大きな瞳を輝かせながら駆け寄ってくる。 この、よく懐いた飼い犬のような姿に、 私はその頭を撫で回したい衝動としばしば戦う羽目になるのだった。 「ええ、先日クザン様に伺った物語の事ですね」 「うんうんっ」 私の返事に、力いっぱい首を縦に振るリル。 そんなに嬉しそうに、彼が何を言わんとしているのか。私にはまだ検討がつかなかった。 もっとも、リルの話が予測できないのは私だけではないようだが……。 狭い掘っ建て小屋の床に、3人分の布団を無理矢理敷き詰めていたクザン様が話しに加わってくる。 「灰かぶりがどうかしたのか?」 この小屋は、菰野様達の姿を隠す為、簡易的に建てた物だったので 寝泊りに使える広さは必要最小限に止められていた。 実際、ここへ帰ってこれたのは年に数度だけだったので、あまり困ることも無かったが。 「えっとね、灰を被るのって、煙たいし、粉っぽいし、汚れちゃって大変だよね!!」 よくわからないことを力説する目の前の少年に、どのような返事をしようか思いあぐねて チラと横を見るものの、彼の父親であるクザン様もやはり要領を得ない表情で首を傾げている。 私の視線に気付くと、クザン様は乾いた笑いを返して下さった。 やはり、彼にもリルの意図するところは掴めないようだ。 見るからにワクワクと私の返事を待つリルに視線を戻し、とにかく相槌を打つことにする。 「ええ、そうですね」 すると、目の前の小さな少年が、ぱあっと破顔した。 ……いや、小さな少年というのはもう当てはまらないだろうか。 リルはこの3年間で1寸3分程もその背を伸ばしていたのだが 私も丁度同じくらい伸びてしまったために、その差は以前と変わらず5寸以上を保っていた。 そのためか、私の中ではいつまでも小さな少年だという印象が拭えずにいるようだ。 「ボクね、鍋かぶりでよかった!!」 「……はい?」 思わず間の抜けた声を返してしまう。 「お鍋なら、煙たくも粉っぽくもならないし、むしろ、雨が降っても濡れなくて素敵だよねっ」 「そ、そうです……ね」 リルの聴力では、雨の音が鍋に響いて喧しい事になるのではないかとも思ったが、 それは言わないでおこう。 こんなに嬉しそうにしているのだから。 クザン様がくるりと私達に背を向ける。その肩が微かに震えている。 「ほら、もう寝るぞー」 声を聞く限り、クザン様は笑いを必至で堪えているようだった。 |