第6話 藍色の真実


フォルテがそうっと石に触れる。

デュナはポケットから取り出した懐中時計にちらりと視線を投げてから
フォルテに言い聞かせた。

「そのまま、私が合図するまで手を離さないこと」

「う、うん……」

まるで時が止まったかのように、静まり返った館内。

私もスカイも、その場に微動だにせずフォルテを見つめている。
その理由は、単に
デュナが何をしようとしているのかが、よくわからないだけだったが。

差し込む日差しだけが遠い風の音に合わせて揺らめいて、
ここに時間が確実に流れているのだと知らせてくれているようだ。

「はい、いいわよー」

デュナの声に、3人がほうっと息を吐く。
知らずに皆、息を詰めていたのだろう。

顔を見合わせて、ほんの少し苦笑する。

緩んだ空気に、すかさずデュナが眼鏡を光らせて

「じゃあ次はこの辺を触ってくれる?」

と、声をかけた。

「まだやるのか……」

なんだかげんなりしたスカイの声に返事をするデュナ。

「せめてあと2パターンは試したいところね。
 できれば6パターンは試したいけれど……」

その言葉の後半は、ぶつぶつとした呟きに変わってしまった。

まあ、デュナがそう言うなら、きっと
どうしても今確認しておかないといけない事なのだろう。

……ちょっと無茶をしてでも。

そう思ったのは私だけじゃないようで、
スカイは荷物を降ろすと、頭の後ろで手を組んで
のんびりと傍観する体勢に入っていたし

フォルテも素直に指示された部分へと、手を伸ばした。


その時。
カチャリ。と微かな音が聞こえた気がした。

なんだっけ。この音は……。

「誰か来るぞ」

スカイが警告する。

――そうだ。この館の扉が開いた音だ。

慌てて手を離そうとするフォルテの肩を

「もうちょっと待って!」

とデュナが押さえる。

その誰かが、あの展示をじっくり眺めてから来るなら、
まだ当分は大丈夫だろうけれど……。

しかし、静かな足音は私達の期待を裏切って
真っ直ぐこちらへと向かってくるようだ。

じわり。と嫌な汗が背中に滲むのを感じつつも、とにかく耳を澄ます。

スカイは音を立てないように、そっと鞄を背負い直した。

足音のテンポの割りに近付くのが早い。
歩幅の広い男性だろうか。

そう気付く頃には、足音はこの部屋のすぐ外まで迫っていた。

「ありがと、もういいわ」

デュナがフォルテに小さく囁くと、
フォルテの肩を抱き寄せるようにして、素早く原石から離れる。

かくて、みんなの視線がこの部屋の入り口に集まった時、
そこに姿を現したのは、見覚えのある人物だった。


「レクト!?」

自分の名を呼ぶ声に、驚愕の表情を浮かべるレクトさん。

いつもふんわりとした柔らかい雰囲気を纏っていた人なのに、
この部屋に足を踏み入れた時の彼は
どこか思いつめたように眉間にしわを寄せた、暗い表情をしていたような気がする。

ほんの一瞬の事だったので、見間違いかもしれないけれど。

常にに笑顔で、どんな相手にも優しく接する彼でも、
やっぱり1人の時にはそんな顔を見せたりするのかと思うとなんだか意外だった。

まあ、誰だって1人きりの時に愛想笑いは浮かべないか……。

そう納得しつつも、一瞬見たその表情が脳裏に焼き付いて離れない。

今はすっかりいつもの笑顔で、
前回会うことのなかったスカイと親しげに話しているレクトさん。

眉を寄せたあの顔。
私達に驚いて、目を見開いたときの顔。

……どこかで見たような覚えがあるのだけど……。


いつの間にか私の足元までやって来たフォルテが、マントの裾を軽く引っ張る。

眉を八の字にして、小首を傾げる心配そうなフォルテの顔には
「どうかしたの?」とはっきり書かれていた。

「なんでもないよ」

3人の会話の邪魔をしないように、小さな声で返事をする。

安心させるべく微笑んで見せると、
フォルテも同じようにふわふわのプラチナブロンドを揺らして微笑む。

その花のような笑顔に、私の感じたささやかな違和感は跡形も無く霧散することとなった。